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2006年03月29日
誰か故郷を想はざる
仙台出張で暇つぶしに仙台LOFTに立ち寄った。店内をウロウロしていると熱血ショップを見つけた。何が熱血かというと、、、ひとつひとつの商品に店主が手書きでコメントを書いたカードを付けているのだ。店主が気に入ったものしか置いていないという気概がヒシヒシ伝わる。カードを読むだけでも面白い店だ。玩具や雑貨や本やCDいったい何屋なのだろう??
ふっと目をとめたのが、この店で勝手にやっている寺山修司フェアーだった。フェアーでは10種類ほど本にそれぞれ感想がカードに書かれていた。
私も若い頃、大ファンだったので、チョット、寺山修司には詳しい...しかし、この年で寺山を読むにはエネルギーが足りないのではないかと恐る恐る何冊か立ち読みした。中で一番読みやすそうな彼の自叙伝「誰か故郷を想はざる」を購入したので、その一説をここでご紹介。
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玉音放送がラジオから流れでたときには、焼跡に立っていた。つかまえたばかりの唖蝉を、汗ばんだ手でぎゅっとにぎりしめていたが、苦しそうにあえぐ蝉の息づかいが、私の心臓にまでずきずきと、ひびいてきた。あとになってから、 「あのとき、蝉をにぎりしめていたのは、右手だったろうか?それとも左手だったろうか?」と、考えてみたこともあったが、それはいかにも曖昧なのだ。
これから日本はどうなるのだろうという敗戦の焦慮の中、ついに流れた玉音放送を聞かなくてはならない緊張感がこの表現から伝わりませんでしょうか。天才詩人です。
私は寺山修司をテレビで何度も見ました。
でも、いまの若い人はタモリが物まねしていたことも知りませんから~ 残念
出張の研修後の懇親会で寺山修司の話しをしていたら「彼が若い頃新宿区百人町にある私たちの系列病院に入院していた」という話しを教えてもらった。確かに彼は早稲田大学中退後の数年間入院していたがウチの系列病院だったとは...驚いた。
帰りの飛行機では座席の後ろに嘔吐袋と一緒に置いてある雑誌をパラパラみていると、寺山修司について書いているスペースを見つけて、再び驚いた。
確か平岡(非常にあいまい)という人が書いていたが、カルメン・マキand OZのカルメン・マキは、寺山修司の主宰した劇団「天井桟敷」のマドンナだった。カルメン・マキのデビュー曲「時は母のない子のように」は寺山が作詞し大ヒットした。カルメン・マキの本名は伊藤牧で寺山は伊藤牧で売り出すつもりだったが天井桟敷で伊藤牧が演じた役名のカルメン・マキで売り出したと書いていた。
私は、この仙台出張で良い俳句を思いついた
「 寺山やア~寺山や 寺山や 」
2006年03月27日
杜の都
エンヤ~トット~ 初めての仙台旅行、正確には仙台出張\(^o^)/
まずは松島観光遊覧船に乗って島々を眺め、瑞岩寺にお参り。仙台に戻って青葉城の伊達政宗像とご対面。日が暮れかかったところで、高知県のK島薬剤部長と落ち合い、仙台牛タン発祥の店『味太助』の のれんをくぐる。
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カウンター席の前では、味付けして一晩寝ていたスライスした牛タンが積まれて柱のようになっている。 驚きのあまり「うぉ~」と叫んでしまった。 店主がその柱から、タンを一枚ずつ手でつまみ炭火の網上に乗せて焼く。 焼きあがりを待ちわびながら、ビールを飲んでいると「はいどうぞ」と焼きたての牛タンが運ばれて来た。 出張は嫌いだけど、せめてこれくらい楽しみが無いと ネ!!
息子が読んでいた「饅頭こわい」という本を思い出した...
「僕は出張が こわ~い」「ほんとうに 恐いのは北海道出張か沖縄出張」
仙台の電車の乗車ドアは(関東以北は全部そうなのかもしれない..)、ボタンを押さないと開かないということを知りました。
こちらのようにホームに着いたら自動的にドアが「プシュー」と開いてしまうと、冷気が吹き込んでしまい、寒くて仕方がないからだそうです。
ボタンを押してドアを開け、乗車したらすばやく閉じるボタンを押して閉める...それが仙台式...
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2006年03月18日
思い出のまぶしさに負けないとても素敵な夢がある
ついに下の娘が保育園の卒園式を迎えました。
卒園式の後には父母とお世話になった先生方が集まって、「巣立つ会」を開催します。
「巣立つ会」では、皆それぞれがこぶし保育園での思い出を語り合います。そのなかで他の保育園から転入された方がこうおっしゃられていました。「この保育園は、行事や集まりが多い。○○保育園とはぜんぜん違いました。けどおかげで、親同士が仲良くなれたのはよかったです。もっとはやく、転入していたらおやじバンドに参加させてもらっていたのに残念です」とおっしゃられていました。・・たしかに保育園での家族の行事や集まりが多いのは間違いないと思います。おやじバンドもこぶし中央保育園の集まりから生まれた(副)産物です。
子供の育て方、家族のあり方、人間関係の関わり方はいろいろありますが、親がおく病になったり、めんどうくさい理由で、他人とのかかわりを絶ってしまって、隣人の方の仕事も知らないという状態よりも、たくさんの人と話しができて、笑えて、相談できて、一緒に泣いてという他人が多いにこした事はありません。子供の友達のご両親と気さくに付き合えるというのは、今は忘れかけられようとしている、得がたい宝物のようです。子供を大切にするということは、子どもの友達の家族も敬うということが秘訣のようなものかもしれません?
そういう意味で、こぶし保育園はなかば強引かもしれませんが、我が家の尻をたたいてくれました。 おかげさまで、おやじバンドで楽しませていただきました。 家族ぐるみのお友達がものすごくたくさんできました。これからも、同窓会で家族が集まったり、「飲みに行こう」電話をしたりすると思います。
卒園式の、最後に父母が子供達に向かって「世界がひとつになるまで」を歌いました。私は、S田さんの奥様と一緒にギター演奏をさせていただきました。
「世界がひとつになるまで、ずっと手をつないでいよう、思い出のまぶしさに負けないとても素敵な夢がある。愛が明日をまもるから~」
皆泣きながら歌っているのかなぁ~ と思い、ギターを弾きながら皆の顔をチラッと見た後、譜面に目をやると、エ~ 今どこを弾いているのか? 分らなくなってしまいました。
やってしまった...グッスン(皆と違う涙...)
子供たちへ 卒業おめでとうパパは「立ちはだかる壁にチャレンジし、乗り越えることを楽しめる」人になって欲しいといと思います。
卒園式の夜に、こぶし中央保育園の「お母さんの会」という飲み会がありました。
「じゃあ パパお願いね~」
と言って出かけていったとです。
「晩御飯の用意して行くから」と言って
ハッピーセットを買ってきたとです。
子供たちはおもちゃがもらえて喜んだとです。
ヒロシです
2006年03月02日
黒船 来航 !!
最近TVコマーシャルで懐かしい曲が流れていたので振り返り聞き入った 。
寺尾聰の「ルビーの指輪」だ !!
大学時分に先輩にヤレといわれてギターを弾かされたことを思い出したぞ !!
ギターが今剛だパンタ&ハルのギターじゃないか !!
昔と髪型が一緒だ !!
(マラッカ ⇒ 試聴 のギターソロとおんなじ音でルビーの指輪弾いているゾ) !!
と..しばし感慨にふけっていると、コマーシャルの第二段が始まっていた !!
サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシーンにお願い」 !!
木村カエラがボーカルしている以外みんなオリジナルメンバーだ !!
欲を言えば木村の歌からではなく高仲正義のギターリフのイントロから流して欲しかった !!
欲をもひとつ言えば、後藤次利(bass)細野晴臣(bass)坂本龍一(key)ユーミン(vo)もチラッと参加させてくれ !!
なんだか興奮してきたゾ !! さっそくキリンビール飲むぞ !!
まんまと宣伝に引っかかってるぞ !!
黒船はサディスティック・ミカ・バンドのタイムマシーンお願いが入っているレコード名だ!!