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2012年08月27日

秋田 あらまさ ナンバーシックス

福島屋さんに入ってみたら、「昨日入荷したんですよ」と凱陣が積まれていた。

 凱陣というお酒は、琴平で造られていて、家内工業なので生産本数がそんなに無いらしい。
ラベルも両面テープの手張りです。

でぇ~選んだのは、「秋田 あらまさ ナンバーシックス」というお酒。
裏ラベルに次のように書かれています。
~「きょうかい6号」とは、昭和20年に当蔵にて発見された、現存最古の日本酒用酵母です。その爽やかな香りと優れた低温での発酵力により、日本酒の製法に革命をもたらした記念碑的酵母と言われております。「きょうかい6号」発見当時の日本酒は、すべてが純米造りであり、また吟醸製法の黎明期にありました。 まさしくこの頃の日本酒は、世界にも類を見ない芸術的発酵飲料の地位を築きつつあったと言えます。このお酒「No.6」は、当蔵に伝わる大正~昭和初期のレシピを用い、これに現代的解釈を加えて醸したお酒です。 世界に誇る「純米吟醸」の、原初の息吹を感じ取っていただけましたら幸いでございます。~
 まさに、歴史とこだわりに裏打ちされた確かな自信と誇りが伝わる一品でした。


投稿者 oyj : 17:23 | コメント (0)

2012年08月15日

夏のマイ ジェネレーション

スポーツは、一進一退の攻防をライブで見るに限る。
今回のオリンピックは、ほぼ毎日早起き応援派でした。
 こんな一流選手同士の勝負では、ほんの小さなミスで負けてしまうことがあり、犬飼監督が「小さな細かいことまで、完璧にしないといけない」と言う意味がよくわかります。
 そして、アスリートたち必ず、「自分の限界まで努力することが、何事でも極めて大切なことである」というたぐいの話をしてくれる。この自分の限界まで努力するという事は、各選手が勝負に勝つために自分に課した試練である。努力という言葉は簡単に使えるが、心の努力はそれを成し得た人の言葉にしかリアリティーがない。澤も「人に負けないためには人より練習するしかない」と言っていました。スポーツを見て感動するのは、これを乗り越えた先の結果があるからでしょう。浜口京子の涙は完動した。また、アニマル浜口の気持ちを思うと、それはそれで泣けてくる。
 私も年を取ったのか、どんなスポーツも涙なしで見ていられなかった。

 さて、ブリティッシュロックに育てられた、小職は昔のミュージシャンの顔を見てホッとした反面、皆さんこんな歳とっちゃったの?とビックリ・・キンクスは音程も取れないほど、ポールも声は若々しいけどマスクは相当たるんでいました。クイーンのブライアンメイは白髪だし、フーのピートタウンゼントは太ってるし・・ガッカリはしないけどビックリはしました。
 一番うれしかったのは、マイクオールドフィールドの登場ですね。最後に演奏した、In dulci jubilo(甘い歓喜)は私が自らの結婚式で流してもらった曲で思い出の曲です。

 ここまでやってくれるなら、ストーンズ・ジェフベック・ヤードバーズ・ピストルズ・ツェッペリン・U2・ポーイが見たがったが・・云ったら きりがないですね。個人的にはブラックサバスもみたいが、ないな。
  オリンピックのおおとりは、フーのマイ ジェネレーションでした。一番最後でピートタウンゼントがダン(2拍)・ダン(2拍)・ダン(2拍)・ダン(2拍)・ダン(1拍)・ダン(1拍)・ダン(1拍)・ダン(1拍)・ダン(1拍)・ダン(1/2拍)・ダン(1/2拍)・ダン(1/2拍)・ダン(1/2拍)・ダン(1/4拍)・ダン(1/4拍)・ダン(1/4拍)・ダン(1/4拍)・ダン(1/4拍)・ジャカ・ジャカ・ジャガ・ジャカーとビートに合わせて飛び跳ねるとどうじにあしを前後あるいは左右に、足を欽ちゃんみたいに使って飛びはねる、いつものお約束スタイルがなかったのが残念でした。
 たぶん、やりたかったけど出来なかったのでしょう。年を取ったミュージシャンの最後の曲名が「マイ gジェネレーション」にした理由は?いろんな意味がありそうです。

 最後に、オリンピックの目標は究極的には世界平和なのでシンボルマークは、5つの重なり合う輪はまた、平和への発展を願ったものだそうです。 子供たちのサッカーでも、リスペクトと感謝・礼儀・協調性をしっかりと叩き込む。だから、サッカーは大人を紳士にすると言われる。
 某国は、そういう意味で試合には勝ったが、戦う以前の問題があり、対戦した日本も後味が悪い。
 我々の世代において、未来への視線の確保と 責任ある行動が 未来を作るのである。それがなによりロンドンオリンピックに学んだ所である。。

投稿者 oyj : 22:49 | コメント (0)

2012年08月07日

泛花亭

栗林公園内に泛花亭(はんかてい)という、池の淵に佇む離れ茶室があります。
障子を取り外してあるため部屋内からパノラマの庭園が浮かび上がり絶景の極みです。池からそよぐ自然の涼や蚊取り線香の香りは子供の頃の夏を思い出させます。
湖面をよこぎる鯉やそれを傍観するアオサギを眺めながら「高松さま」という会席料理を頂きました。こんな別世界のような夜の栗林公園で殿様気分になりました。
こんなぜいたくな夜は生まれて初めての経験です・・今年の夏の思い出ができました。

江戸中期に本草学がブームになり礫川薬園が出来た頃、栗林公園にも薬園が出来ました。初代の責任者は、香川出身の平賀源内でした。その薬草園が今は茶畑になっています。それを復元しようという企画から研究会が立ち上がりました。今は古文書と戦いながら、何の薬草を植えていたか?どんな苦労があったか?などと思いを馳せながら、夏休みの自由研究をしています。

投稿者 oyj : 22:20 | コメント (0)